今日は、インドで暮らし始めてから出会った、私とホメオパシーのお話を書いてみようと思います。
※これは私自身の経験と、インドでのホメオパシーとの出会いについてのお話です。 ※体調やお薬のことは、自己判断せず専門家にご相談ください。
■ 夫と二人のころは、病院いらずだった
夫と二人で暮らしていたころは、大きく体調を崩すこともなく、正直、病院にお世話になることはほとんどありませんでした。
たまに風邪をひいても、一晩ぐっすり眠ればなんとかなる。
困ることが何もなかったぶん、健康でいられることのありがたさにも、気づいていませんでした。
■ 娘が生まれて、状況は一変
ところが、娘が生まれてから、暮らしはガラリと変わりました。
小さな子は、とにかくよく熱を出すし、よく体調を崩す。
とくに喘息のような症状が出ることが多く、咳で朝まで眠れない夜が、年に何度もありました。
病院に行く機会は一気に増えたのですが、これがもう……インドらしい試練の連続だったのです。
まず、私たちの村から私立の大きな病院までは、山道を40分ほど下る必要があります。
具合の悪い娘を抱えて、ガタガタの道に揺られるだけで、着くころにはもうぐったり。
しかも、たどり着いてからが本番でした。
■ 田舎の病院は、まるで戦場
日本のように受付番号があるわけでもなく、うっかりぼんやりしていると、しれっとずる込みされます。笑
とにかく待っている人が多くて、診てもらうだけでほぼ1日がかり。
検査のたびに部屋が変わり、そのたびにまた並び直す。
そして極めつけは、問診です。
わたしが通っていた病院は、なんと複数の患者さんが同時にドクターと話す、まるで就活の集団面接のようなスタイル。
グイグイ前に出て話さないと、いつまで経っても自分の番は回ってきません。
やっと順番が来たと思っても、ドクターの英語は早口すぎて、半分も聞き取れない。
「……今、なんて言った?」
小さな娘を抱えたまま、たった1回の通院で毎回へとへとになっていました。
■ おまけに娘は、病院の薬が大嫌い
そうやって、やっとの思いでもらってきたお薬を、娘は全力で拒否。
なんとか飲ませようとしても、ベーッと吐き出してしまうこともしばしば。
「ごめんね」と思いながら無理やり口に運ぶこともあって、そのたびに胸がきゅっと痛みました。
■ 相談できる人がいない、という孤独
体のことを気軽に相談できる相手もいません。
「この対応で合っているのかな」「私のせいで、悪化させていないかな」
答えの出ない問いを、一人でぐるぐると抱え込む日々。
慣れない土地での子育てに、また熱を出したら、大きなケガをしたら……という尽きない不安が重なって、気づけば心配ばかりして過ごしていました。
今になって振り返ると、あのころの私は、産後うつのような状態だったのかもしれません。(一番ホメオパシーが必要だったのは娘ではなくて私だったのかも!)
■ そんなときに出会った、日本人ホメオパシードクター
そんなとき、コルカタのホメオパシー医大を卒業された、日本人のドクターに出会いました。
娘の喘息に悩んでいた私は、縁あって彼女に診てもらうことになりました。
正直なところ、最初は「ホメオパシーが何なのかはよくわからないけれど、体に害はなさそうだし、治るなら何でも試したい」という、藁にもすがる気持ちでした。
彼女が処方してくれたのは、小さな砂糖玉。ホメオパシーでは「レメディ」と呼びます。
それをたった1粒、娘の口に含ませた——その20分後。
あんなに苦しそうだった咳が、ぴたりと止まったのです。
あの瞬間の驚きは、今でも忘れられません。
■ 「自分でもできる」と知って、火がついた
彼女と話すうちに、急性の不調であれば、自分でできるセルフケアがあるのだと知りました。
いざというとき、自分にもできることがある——それは、あのころの私にとって、これ以上の安心はありませんでした。
娘の不調を前に、ただおろおろするしかなかった私に、小さなよりどころができたのです。
その後、彼女のセルフケア講座を受けて、私はますますホメオパシーの世界に引き込まれていきました。
知れば知るほど奥が深くて、面白くて、気づけばすっかりホメオパシー・ラブになっていたのです。笑
■ インドと日本で、こんなに違う
日本ではホメオパシーというと、「数ある自然療法のひとつ」ととらえられがちです。
でもインドでは、少し事情が違います。
ホメオパシーは、西洋医学と並ぶ、れっきとした医療の選択肢のひとつ。
ホメオパスになるには、医大に6年間通い、きちんとドクターの資格を取る必要があるのです。
日本ではその存在すら知らない人がほとんどですが、インドでは「ホメオパシーを知らない人はいないのでは?」と思うほど、暮らしに根づいています。
■ そして、学校へ
自分でホメオパシーを使うようになってから、こう思うようになりました。
「これが日本にもっと広まっていたら、子どもの不調に一人で悩むお母さんを、たくさん助けられるんじゃないか」
あのころの、孤独で苦しかった自分を思い出すと、なおさらそう感じます。
そして気づけば私は、4年制のホメオパシーの学校へ進学することを決めていました。
そして今、その2年生として学んでいます。
いつの間にか、娘の不調を前におろおろすることもなくなり、「ホメオパシーがあるから、なんとかなる」と思える自分になっていました。
あんなに心細く日本に帰国しようかなと本気で考えていた日々が、まさかこんな場所につながっていくとは——人生は、本当にわからないものです。
■ もし今、あのころの私のような人がいたら
これは、西洋医学を否定するお話ではありません。
ただ、自分の手の中に選択肢がひとつ増えるだけで、心がふっと軽くなることがあります。
とくに、小さなお子さんの不調に向き合っているお母さん。
もし機会があれば、数ある選択肢のひとつとして、ホメオパシーのクリニックをのぞいてみてほしいなと思います(在住者の評判や口コミはしっかり確認してくださいね!)。
インドで始まった、思いがけないホメオパシーへの道。
これもまた、いつも予想外に進んでいきます。
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